「自然法則も人間が作った?」という主張

前回の記事からかなりブランクが空いてしまったけれども、ここ最近は哲学(特に人間や世界の存在について)にぼちぼち関心を持つようになったりしています。

 

哲学というものは全ての学問の根底であるものだと個人的に思っています。

一方で、最も絶対的な学問は科学だと主張している人もいますが、その科学も、学問、体系としてどうあるべきかを探求する科学哲学というのがありますので、その点で哲学は科学に先立つものだと言えるでしょう。

 

さて、ここで本題に入りますが、自然科学における自然・物理法則は自然界や宇宙世界全体に存在しているというのは言うまでもない常識ですね。

だがしかし、現実社会は本当に広いもので、「自然法則も人間の思考の産物だ」と突飛なことを主張する哲学者や知識人たちも実際に存在します。

こうした考えを「科学的相対主義」と言うようですが、これによればニュートンの力学的法則や電磁気学の各種法則、相対性理論なども自然界に存在せず人間が作り出したものとされるようです。まあ個人的なレベルであればこうした主張があってもあまり問題にならないでしょう。

だがそれもしかし、その考えもなんと文部省が提唱する小学校学習指導要領に書かれていたようです。これは大変驚きました。最も1998年とかなり前の話になりますが。

wikipedia構成主義 (教育)#構成主義と科学教育」参照

構成主義 (教育) - Wikipedia

 

国や公共レベルでこんな極端な相対主義を学校教育に取り入れたのが本当だとしたら、もはやこれは論外レベルの問題だとしか言いようがないでしょう。

こうなってしまうと「○○の法則も✖✖の法則もみな人間が考えて作ったものなんだ」と純粋な子供たちが本気でこう考えてしまう危険性もあって、結果的に現世代の青少年が理科離れどころか狂った科学観を持ってしまうんだろうな・・・と恐ろしく想像してしまったりしています。

 

・・・とまあ、このことから思ったことは、科学哲学というのが科学そのものよりいかに重要なものとして考えていくべきなのだろうかということです。科学は観測者などによる主観的要素もあるものの、客観性を追求するものです。もし主観性を重視したいのであれば、それは科学よりも哲学や人文社会学などの他の学問で扱うべきだと自分は思っています。

 

p.s.) ちなみに中学校学習指導要領の理科においては、法則や原理を人間による発見だ と前提にした内容となっています。つまり、小学校と中学校とで根本的レベルで指導要領の方向性が相反してしまっているので、内容云々以前の問題とも言えるでしょう。